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    Touko Asahina/朝比奈桐子

    Author:Touko Asahina/朝比奈桐子
    A lifelong seeker of YOGA philosophy,
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    the meditation and HATHA YOGA,
    40 years experiences in teaching.
    YOGA哲学の探求者であり、
    瞑想とHATHA YOGAで構成される
    システムYOGAの開発者。
    指導歴40年。

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2010/05/25(Tue)

万国博覧会2 幕末

日本人が最初に万国博覧会を目にしたのは、1862年
江戸時代のことです。

当時江戸幕府は、1858年の日米修好通商条約 に続き、
イギリス フランス オランダ などと修好条約を締結。
開港を迫られていました。
この期限延長交渉のためヨーロッパに派遣された文久(ぶんきゅう)使節団が、
イギリスで開催されていたロンドン万国博覧会を見学します。
この使節団には福沢諭吉も同行していました。

ちなみに、Exhibitionを博覧会と訳したのは
福沢諭吉が最初だという説があります。
「西洋ノ大都会ニハ数年毎ニ産物ノ大会ヲ設ケ世界中ニ布告シテ
各々其国ノ名産便利ノ器械、古物奇品ヲ集メ万国ノ人ニ示スコトアリ之ヲ博覧会ト称ス」

と『西洋事情』初編(1866年)で書いたのが最初だ、というものです。

初めて万国博覧会に参加したのは、1867年
フランス皇帝ナポレオン3世からの要請をうけ、
江戸幕府が陶器や漆器などの工芸品や浮世絵、書籍などを出品しました。
一方、薩摩藩や佐賀藩は幕府とは独自に展示を設けました。
薩摩藩は幕府より先に、独自に交渉・準備を進めており、
幕府はパリに着くまでこのことを知らなかったといいます。

またこの時、徳川昭武(とくがわあきたけ、徳川慶喜の弟)の随員として、
渋沢栄一がパリへ渡っています。
使節団の会計を任されていた渋沢栄一は、1年ほどパリに滞在しました。
『航西日記』(1)(2)の中には、万国博覧会会場に関する記述もあるそう。
この本は、漢文で書かれたものの画像データが
国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで見られます。


…次回は万国博覧会と“itn Open!”について。
To be continued



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