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    Touko Asahina/朝比奈桐子

    Author:Touko Asahina/朝比奈桐子
    A lifelong seeker of YOGA philosophy,
    The ultimate system-builder of
    the meditation and HATHA YOGA,
    40 years experiences in teaching.
    YOGA哲学の探求者であり、
    瞑想とHATHA YOGAで構成される
    システムYOGAの開発者。
    指導歴40年。

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2019/03/04(Mon)

なぜ、瞑想は誤解されるのか!?

「目を瞑(つむ)って、静かに座ること」
「目を瞑って、静かに座り、想い巡らすこと」などが、
瞑想の“通り相場”である。
なぜ? この古典的な観念から抜け出られないのだろう?
日々、世界中でbrain science の知見が更新され、
情報は、その量もspeedも幾何級数的に増大しているというのに!
その、namingが悪い?!のではないか?と、朝比奈は、常々思っている。

Bodhidharma.jpg

というのは、英語でmeditateと言えば、まず、「もくろむ」「企てる」という意味。
そして、これは「深く考える」「熟慮する」という風に進む。
ところが、「禅」になると、「無念無想」ということになり、
挙句の果てに「只管打坐」と。これは、「ただただ座り込んでいればいい」と。

このblogで何度も述べているが、これは「アタマの中身が、しつこく、物事に
執着が強く、思考回路に発展性がなく、ただただ堂々めぐりをしていることだ」と。
そしてふと、「堂々?」と、アタマが飛んだ! そして広辞苑へ。
祈願のために寺社の堂のまわりをめぐること」だと。
Oh! コレだ! とヒラメイタ。 ナンダ・コリャ!?

つまり、「何ゴトかを達成しよう!」と思うとき、
「祈願」、つまり「祈ったり」「願ったり」する前に、
「何ゴト」の妥当性とか「達成」の方法・手法PlanやRoad mapを、
コト細かに、かつdynamicにdesignし、time scaleを加味して構築していく、
そのことこそが重要かつ最も楽しい、わくわくと魅力あることで……。
そんなステキな部分を、寺社に“お願い=祈願”してしまったら、
「オモロイわ、儲かるわ」で、寺社ばかりが、楽しくなってしまわない?
うーむ! コレは実に深い!!
つまり、コノコトは「瞑想という技術」にも言えるコトなのだ!?

そう、寺院などで行われている瞑想法、「只管打坐」なんていうのが、ソレ。
「ただ、坐って居ろ」。つまり、何も教えない。もっとも、大抵がタダ(無料)だから、
「只(タダ)坐る」で、理にかなっているのだけれど。
でも、あくまでも「無念無想」=只=「取り立てて言うほどの
価値や意味がない意(広辞苑)」となる。 ああ無情!

Big bang 以来、宇宙は加速的に、膨張し・複雑化している!
この加速・膨張・複雑化に目を閉じ・座りこみで抵抗してみても、
「只々」オイテケボリになるだけで、目を開けた時には、どうにもこうにも、
にっち(二進)もさっち(三進)も「あら、どうしましょう!」では?
なんで!? ソノコトに気付かないの?!

瞑想からmeditateへ! つまり、このblogの当初で述べているように、
脳クンの働きに指向性をもたせ、targetへ向かって、
複数(より多く)の情報領域を検索させながら、情報を処理&新たな構築をしていく。
つまり、project(企投)& reconstruction(再構築)である!
なぜ? この最重要な一大事に、目を閉じているのだろう!
瞑想の指導者たちよ! 目を見開こう! 瞠目しよう!! 後進たちの為にも!


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