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    Touko Asahina/朝比奈桐子

    Author:Touko Asahina/朝比奈桐子
    A lifelong seeker of YOGA philosophy,
    The ultimate system-builder of
    the meditation and HATHA YOGA,
    40 years experiences in teaching.
    YOGA哲学の探求者であり、
    瞑想とHATHA YOGAで構成される
    システムYOGAの開発者。
    指導歴40年。

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2018/05/24(Thu)

【Advanced Class TEXT-57】瞑想の実態と脳のSYSTEM‐1

つねづね朝比奈は、「禅やmindfulnessは、その入り口ではあるが、
瞑想の本義には至らない」と言ってきた。
昨夜、「瞑想する人間は堕落した動物だ」という、
ジャン=ジャック・ルソー(→コチラ)の言葉を、
カッシーラーの『人間』(→コチラ)における引用で知って、
朝比奈は溜飲を下ろした?

ルソーは、人間の本性を、自由意思を持つものとして考え始めた。
彼の主著、『社会契約論』(旧訳:『民約論』)は1762年に公刊。

Jean-Jacques_Rousseau.jpg

同年の日本は江戸幕府下にあり、信濃飯田藩の農民が、
千人講による御用金賦課などに反対し、“打ちこわし”を起こし、
これに対して江戸幕府は、「みだりに寺院に田畑を寄進することを禁じ」た。

当時、大陸のキリスト教会や日本仏教寺院は、何をしていたのだろうか?
「告解」や「座禅」、「護摩焚き祈願」、「法要」などである。
日本では前年の1761年に、法然550回忌・親鸞500回忌が営まれている。
上記menuは、ヒトの心性を手玉にとる“あやし”のテクニックではないか? と、
朝比奈は、過激な、しかし真摯な姿勢をとる。

なぜ、「瞑想」「告解」「祈願」「法要」を名乗る“あやし”のテクニックが、
古今・東西に蔓延してきたのだろう?
結論を先に言えば、「自己正当化・自慰行為(逃げ込みも含まれる)は、
ヒトに心地よく、したがって変性意識状態を起こしやすく、“救われる”」からだ。
しかし、“救われる”という意識状態は、
必ずしも“問題解決”を意味しない。これは、宗教freakや
宗教漂流民によく見られる現象であり、座禅や瞑想を好む人々のなかにも、
このtypeに当てはまる場合が、少なくない。

このtypeから脱却するには、本来的(マヤカシ・アヤカシでない)「超越」が必要なのだ!
この点を理解すれば、「“超越”して聖者になる」というのが、いかにオカシイか、
納得できるに違いない。
まず、「超越」すれば、「聖者」という概念も超越、
つまり意味をなさなくなるのだが。
ここで、いかに人々が、「神話的思考概念」に強く拘束されているか、
深く納得できるはずである。

そして朝比奈は、こうした思考・概念・意識について、
その現場・実態を「脳」「神経科学」から、しつこくアプローチしていきたい。
乞う、ご期待を!


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