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    Touko Asahina/朝比奈桐子

    Author:Touko Asahina/朝比奈桐子
    A lifelong seeker of YOGA philosophy,
    The ultimate system-builder of
    the meditation and HATHA YOGA,
    40 years experiences in teaching.
    YOGA哲学の探求者であり、
    瞑想とHATHA YOGAで構成される
    システムYOGAの開発者。
    指導歴40年。

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2018/03/28(Wed)

【Advanced Class TEXT-43】Real vs Virtual and Existence vs Recognition, 存在と認識

「ユークリッド的であれ非ユークリッド的であれ、
何らかの空間が『現実的』であるというような主張は、
われわれには何の意味も持たなくなった。」そして、まさにこれこそ、
「(アインシュタインの)一般相対性原理の帰結にほかならない。」と、
E・カッシーラー(→コチラ) は、『アインシュタインの相対性理論』の中で述べている。
 河出書房新社(河出・現代の名著/山本義隆訳・解説)

Ecassirer.jpg

上記は、般若心経の「色即是空・空即是色」のカッシーラー版であり、
カッシーラーは、その証明に「アインシュタインの相対性理論」を援用したのだ。
この理論を読んで、「ふむふむ、なるほどそうだろう」と言うのはたやすい。
しかし、座っている自分を支えているこの「空間が」、「現実的存在ではない」かも……、
となると、?? 妙な不安に襲われはしまいか。これは、
いかに我々が、日ごろ、言葉の世界にどっぷりと浸り込んでいるか、を物語る。

しかし、いったい誰が、自分の手のひらをじっと見つめて、
それが、皮も肉も血管も骨も……スカスカで、霞のようにふわふわで、
一瞬の絶え間もなくコチョコチョと、
周囲と電子のやり取りをしながら変化している、と思うだろうか?
つまり、空間が現実的でないのと同様に、我々の手も決して「現実的」ではないのだ。
「それが、どうした? どうだって、いいだろう」と、思うかも知れない。
確かに、そうだ。
ならば、なぜ、人々は「悩み」「苦しみ」「怒り」「悔恨」などの
感情を抱くならまだしも、それらの「情」にまた、「悩み」「苦しむ」のだろうか?
ここではっきりと言っておくが、瞑想に熟達するにつれ、
そうした感情はどんどんなくなってしまう。
「それでは、人生、つまらないじゃないか」と、言う人は少なくない。
そうした人々は、「悩み」「苦しみ」「怒り」「悔恨」を抱き続ける暮らしをすればいい。

これは、「べつに、字が読めなくったって、TVを観れば不自由はない」というのに
似ている。古今東西、数千年にわたるTEXT情報を渉猟する醍醐味には、
到底及ばないのに!
そして、なぜ?「悩み」「苦しみ」「怒り」「悔恨」が占めていた
“脳の空容量”が豊饒な沃野にかわり、“脳”がますますvividに楽しく励むという、
Happyな循環になる、ということに気付かないのだろう?

ふと、これは、ヒトの脳の進化processなのではないか? と思う。
生命体の進化過程において、ある(X)時点において獲得された形質が、
当初から、劇的に優位を誇っていたわけではない。
しかし、trendに適合した形質の生存確率が高かったために、
だんだん優勢になっていった、のだろう。
この現象は、“脳”+“瞑想”の場合にも、きっちり当てはまると思う。
そもそもヒト(だけではない)の脳は、楽しくvividに活動できるほど、
幸福感が高まり、発達していくようだ。
さあ、瞑想に入って、「存在と認識」を体感してみよう!


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