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2012/12/10(Mon)

美しい村って、どこかしら? 5 飯舘村

一昨年(2010年)の春、東北の民話・民謡を研究している友人が
福島県飯舘村(いいたてむら)の凍み餅とうどんを送ってくれたことがあります。
同封の手紙で彼は「飯舘村はユートピアをめざしているようです。自然も住民も
あまりに純度が高いので、かえって心配になります」と書いていました。その年の秋、
飯舘村は「日本で最も美しい村」連合の一員に加わります。にもかかわらず、それから
半年余りして、つまり2011年の春、東京電力福島第一原子力発電所の爆発によって
全村避難を強いられることになろうとは、まったくのところ降って湧いた大難です。
友人に誘われながらまだ飯舘村を訪ねてはいませんが、その村に先夜、
夢の中で入りこむ奇怪ななりゆきになり、ひどくうなされて家族に起こされました。

  

東京電力が、山積みにされた使用済み放射能防護服の写真を公開した。
福島第一原発事故で延べ??万人の作業員が着用した肌着や全身つなぎ服だという。
その集積所はJヴィレッジの雨天サッカー練習場だ。
放射性廃棄物だから一般ごみとして焼却できず、処分先未定のまま毎日増えつづける。
防護服の山はどれも巨大なイモムシのようにみるみるふくれあがっていく。
見ているうちに気分が悪くなり、息苦しくなってきて、
からだがいやに重いので自分を見まわすと、にわかに白い防護服を着こんでいて、
しかも、どこか知らない、人っ子ひとりいない道路を逃げる足取りで歩いている。

行く先々で使用済みらしい防護服、マスク、手袋などが投げ捨てられてあり、
逃げる人たちの多いことを知らせる。あたりは高地になって、いきなり見覚えのある
美しい景観がひらけた。するとすぐ、その眺望を覆い隠すように、目の前の田んぼに
黒いポリ袋が次々と積み上げられていく。「やめろ、田んぼに汚染土を持ちこむな!」と
誰かが叫んでいるが、静かな村は黒いポリ袋の山に隠されて見えなくなっていった……

  

美しい村看板
「美しい村事業」を進めていた飯舘村飯樋地区
(「福島 フクシマ FUKUSHIMA」から転載)

東京電力が事実、山と積まれた放射能防護服の写真を公開したのは、昨年10月です。
延べ約48万人の作業員が着用したもので、「当面はこのまま保管する」ということでした。
その後に増えた使用済みの防護服や手袋の分量は膨大なものでしょうが、東京電力は
ことし8月、これらの汚染されたごみについて、原発敷地内に焼却炉2基を増設して
焼却処分するという計画を発表しました。その稼動は2014年度中をめざすそうですが、
それまでにこれらの汚染ごみはどれほど増加するのか、気味のわるい話です。
防護服などを除染した、その汚染水の行方は?

第一原発から約30キロ離れた地域の路上に、使用済みと見られる防護服、マスク、手袋、
靴、カッパなどが投げ捨てられていた事例は、昨年から少なからず報道されています。
また、飯舘村長泥(ながどろ)地区の田んぼに、周辺の除染で出た汚染土のポリ袋が
多量に積まれていたことも、同村出身の記者が報じていた記事と
写真(産経新聞11/13)が印象深く、夢の中にもぐりこんだのでしょう。
事実は悪夢より奇なり。

原発方向眺望
長泥地区の約30キロ向こうに福島第一原発がある
(「福島 フクシマ FUKUSHIMA」から転載)

夢の中に現れた村は、たぶん飯舘村のホームページで見た美景でしょう。
右端に「こちらのサイトは過去の情報(震災以前)となります」とある断り書きが
震災後の多くを語りかけます。
「花咲き誇り美しきかな いいたて村」というタイトルで検索すると、
写真家・関根学さんによる飯舘村の佳景が見られます。
関根さんは長泥地区の封鎖後も村内を撮影しつづけています。

飯舘村は阿武隈山地の北部、標高220~600メートルの高原に位置する、
人口6200人余りの小さな村です。市町村合併には加わらず、補助金頼みの行政に
くみせず、原発マネーなんか入ることもなく、東北地方でいう「までい」(「ていねいに」
「つつましい」「手間ひまを惜しまず」「心をこめて」といった意味)の精神をもって
「大いなる田舎」をめざしてきたことで注目されていました。その村づくりが、
地震・津波の被害はあまりなかったのに原発の爆発という人災でがらりと
暗転したのです。大半の家族が散り散りになり、村は「避難指示解除準備区域」、
「居住制限区域」、「帰還困難区域」に分断され、なかでも長泥地区は5年以上は
もどれない「帰還困難区域」としてバリケードで封鎖されています。村に帰りたい人、
帰りたくない人、除染か移住か、賠償問題などさまざまな事情で、「までい」に
結ばれてきた村民たちの心までざわめき、バラバラになりかねない危機に直面しています。

飯館村は負けない
大難に襲われた手づくり村の現地密着リポート、
『飯舘村は負けない』(岩波新書)

「美しい村」の話が原発による悪夢の話になってしまったのは残念至極です。
作家の赤川次郎氏が昨年、新聞紙上で怒っていました。
<この狭い国土の地震大国に次々に原子力発電所を建て続けたのは、電力会社と結んだ
自民党政権であり、なぜ自民党の罪を問う声が起こらないのかふしぎだ>
(朝日新聞2011/03/24)
そういう党を長いあいだ支持してきたのは、ほかならぬわたしたち国民ですから、
電力消費者ならずともあの人災に関わっています。あんな惨事は2度とくり返されない
などとは誰だっていい切れないでしょう。

ところで、友人が送ってくれた凍み餅は草餅ですが、この草がヨモギの若芽ではなくて
「ごんぼっぱ」。ゴボウの葉、ただ根菜のゴボウと違い、キク科でアザミの仲間の
オヤマボクチ。この多年草を東北では山菜としてヤマゴボウ、ヤマゴンボと呼ぶようです。
黄な粉をまぶして食べたら、野の香りがしました。
飯舘村長泥産のヤーコンの葉を練りこんだうどんは、ヨモギみたいな香りがします。
ヤーコン? アンデス高地原産の、これもキク科の根菜。フラクトオリゴ糖を豊富にふくみ、
整腸作用や血糖値抑制などの健康効果が注目されています。そういえばヤーコンは、
マドレーヌ、まんじゅう、かき揚げそばなど、また葉を使ったハーブティー、
ヤーコンめんなど、地域起こしのいろいろな特産品に利用されているようです。


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