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    プン!

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2012/10/18(Thu)

美しい村って、どこかしら? 2 軽井沢

先ごろの猛暑の記憶が呼び起こしたのか、すっかり忘れていた作家の夢を見ました。

  

小説「美しい村」の作者、堀辰雄に会おうとおもった。
小説の舞台「K…村」は軽井沢。
それでまず塩沢湖近くにある軽井沢高原文庫を訪ね、どこへ行けば
堀辰雄に会えるかと相談した。高原文庫の人は、軽井沢における
堀辰雄の足跡にやたらくわしくて、その仕事場を懇切に教えてくれた。

自転車 で堀辰雄の居場所をあたってまわった。「美しい村」を書いた
旅館「つるや」をはじめ、次に加藤多恵子と結婚して借りた当時の別荘、
その翌年夏に借りた旧軽井沢銀座近くの別荘、さらにまたその翌年夏に借りた別荘、
そうしてまたその翌年、川端康成に紹介されて購入したという
チェコスロヴァキア公使館別荘の隣の別荘へ……。
高原文庫で教わって作ったメモと地図を頼りに堀辰雄の足跡を追ったけれども、
何とも摩訶不思議、彼が過ごしたという別荘はみんな跡形もなかった。

「美しい村」の主人公は毎日のように散歩しているからと、愛宕山への道、
矢ヶ崎川沿いの道、水車の道など作中で描かれた閑静な散歩道もめぐってみたものの、
作家の姿は影すらも見られなかった。そのことを高原文庫に連絡すると、担当者は
「そうでしょう。堀さんは60年近くむかしにお亡くなりになったと申し上げたのに、
あなたは聞く耳もたずにお出かけでしたからねえ」と笑って、「そうそう、今朝ほども
ご案内したとおり、堀さんが購入して4年間を過された山荘は高原文庫に移築して
一般公開していますから、ぜひごらんください」とすすめた。

kaze.jpg

軽井沢高原文庫にもどると、落葉松を主材にした切妻屋根の質朴な山荘があって、
そのテラスに2脚の椅子が置かれていた。ぼんやり眺めているうちに、部屋から
セーター姿の堀辰雄が現れてテラスの椅子に腰かけた。すかさず、たずねた。
軽井沢では犬を連れて散歩する人たちが目立つのに、「美しい村」は
植物の描写ばかり多くて、犬が1匹も出てこないのはなぜですか、と。
堀辰雄はうなずいて、わたしは植物が好きで、わたしの作品はみな
フォーナ型つまり動物型 ではなく、フローラ型つまり植物型なんです、人間は
登場させないわけにはいかないけれどね、とにっこりした。
ああ、草食系の大先輩か、とつぶやいていると、
いつのまにか堀辰雄の姿は消えていた。

  

「美しい村」の舞台は1933(昭和8)年ごろの軽井沢、いまでいう旧軽井沢です。
堀辰雄(1904~1953)29歳当時の作品。避暑地の宿に滞在する主人公は、ある小説を
書き悩み、この村で知り合った女友達との別離にもとらわれながら、6月のまだ
人気(ひとけ)のない村の方々を歩きまわる。そして日々の散歩で出会う人たちや
風物、季節の移ろいを、細密なタッチで、追復曲か遁走曲のように書きとめています。
孤独な散歩小説、とでもいうような内容です。やがて宿にひとりの少女が現れ、
村は夏らしくなって、主人公の内面も解きほぐされ、小説は急展開します。

軽井沢は浅間山南麓、標高950~1000メートルの高原で、8月の平均気温は
20.5℃といいます(もっとも、1月の平均気温は-4.2℃ですが)。
なにせ豊かな森林に取り囲まれ、それに昼夜の気温差が大きく、朝霧が発生しやすい
霧下(きりした)気候です。霧は、7月には23日も発生するとか。
「美しい村」にこんなくだりがあります。

<……霧は絶えず流れているので、或る時は一層濃(こ)いのが来てその人影(ひとかげ)をほとんど見えなくさせるが、やがてそれが薄らいで行くにつれてその人影も次第にはっきりしてくる。漸(や)っとそれが蝙蝠傘(こうもりがさ)の下で、或る小さな潅木(かんぼく)の上に気づかわしげに身を跼(こご)めている、西洋人らしいことが私には分かり出した。もっと霧が薄らいだとき、私はその人の見まもっているのが私の見たいと思っていた野薔薇の木らしいことまで分かった。(中略)気がついて見ると私のすぐ傍(かたわ)らにもあった野薔薇の木を、それが私の見たいと思っている野薔薇の木のほんのデッサンでしかないように見やりながら、私はそのままじっと佇(たたず)んでいた。――やっとその人影は身を起し、蝙蝠傘をちょっと持ちかえてから歩き出した。そうしてずんずん霧のなかに暈(ぼや)けて行った>

1933(昭和8)年といえば、世界大不況で、日本軍の中国侵略が勢いづき、
日本は国際連盟を脱退し、ドイツではヒトラー内閣が成立しています。そんな時代に
「美しい村」なんてと、批判もある一方、胸膜を病んだ堀辰雄の孤独の深さも
おもいやられます。当時、地元の多くは貧しく、別荘などで夏を過すのは外国人と
ひとにぎりの日本人くらいのもので、さぞかし素朴で飾り気がなくすがすがしい
村だったでしょう。ところが、きょう日、軽井沢の夏の騒々しさはどうですか。
いやいや、広大な高原のこと、いまでも「美しい村」の主人公が歩きまわったあたりを
はじめ、魅力を失わない隠れ里はまだ少なくありません。広い樹林の中に
建物が見え隠れして、野鳥や小動物が耳目を楽しませ、コケ類なんかにおおわれた
林床をぶらつくと、歩行瞑想の時空に遊ぶことができます。

038-5ゴジュウカラ-2
ゴジュウカラ
Photo by picchio

IMG_5490-2.jpg
秋の軽井沢
Photo by picchio

<軽井沢野鳥の森ブログ>をご存じですか。
これは軽井沢を拠点に動植物の調査・研究、保全活動、それにエコツアー
環境教育などをおこなっている「ピッキオ」(イタリア語で、キツツキ)という
集団による「森のいきもの案内人のフィールドノート」です。広さ約100haの
国設軽井沢野鳥の森に生息する、野鳥やムササビからツキノワグマや
ニホンカモシカまで、多種多様な動植物の生態を映像もにぎやかに報告してくれます。

堀辰雄が「美しい村」を書いていたころ、野鳥研究家で詩人の中西悟堂も中軽井沢の
星野温泉をしばしば訪れています。中西は、いままでは野鳥を食べていたが、
これからは野鳥を見て楽しむ時代になると啓蒙し、1934年に「日本野鳥の会」を
創立しました。星野温泉の3代目・星野嘉助は中西に師事し、地域の環境や生活文化を
重視するリゾート運営に取り組みます。その後、星野温泉が星野リゾートになってから
「野鳥研究室」が設けられ、それが「ピッキオ」になった。ツキノワグマの
保護管理とか、日本初のベア・ドッグ(クマ対策犬)育成とか、
外来種アライグマの排除とかもやっている、もっと評価されるべき集団です。そして
その<軽井沢野鳥の森ブログ>は大人も子供も、自然界への旅心を誘われる通信です。

026-027-2.jpg
itn Open!”にて「軽井沢便り」連載中です


(美しい村の夢は続きます……


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