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    Touko Asahina/朝比奈桐子

    Author:Touko Asahina/朝比奈桐子
    A lifelong seeker of YOGA philosophy,
    The ultimate system-builder of
    the meditation and HATHA YOGA,
    40 years experiences in teaching.
    YOGA哲学の探求者であり、
    瞑想とHATHA YOGAで構成される
    システムYOGAの開発者。
    指導歴40年。

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2011/06/28(Tue)

城崎、震災とまちづくり 1

開湯から1300年あまり。
現在も年間100万人が訪れるという城崎温泉

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Photo by john weiss

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Photo by bizmac

景観保護や源泉の管理などで、先駆的な取組みをしてきた温泉地ですが、
現在の景観の基本は、地震からの復興によって築かれました。

1925年、円山川(まるやまがわ)の河口付近を震源とする北但(ほくたん)大震災が発生。
M6.8、震度は当時の震度階級で最大の6を記録しました。
震源に近かった城崎は豊岡とならんで被害が大きかったそう。
地震発生時刻が昼食 の準備時間にあたっていたこと、
木造の高層建築が多く、地形の制約で道路も狭かったことなどから、
2~3時間で市街地のほぼ全域にあたる約10万㎡を焼失
地震前の戸数の78.6%にあたる548戸が焼失し、死者272人を数えました。

震災後、当時の城崎町長・西村佐兵衛が掲げた復興理念が
「温泉復興」と「教育の復興」でした。
「温泉復興」とは、温泉の町として発展してきた城崎の歴史を引き継ぎ、
早期に復興して安全をアピールすることで、観光客を呼び戻すこと。
「教育の復興」は、子どもが元気になると大人が励まされること、
避難場所としての学校の重要性などを考えて、掲げられたものでした。

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写真提供:城崎温泉無料写真集

復興に際し、県の土木部が中心となってたてた復興計画もありましたが、
城崎は、町長や有識者らでチームを組んで独自の計画をたて、
県の計画に対し多くの変更を求め、要望を通しました。

これらは、町民大会で選出された復興委員がまとめ、
数十回にわたる町民大会で議論し、決められたもの。
地主が公募面積の1割を町に無償提供する、
共同浴場を中心とした町の再建を優先して行う、
など、町民大会で決められていきました。

地震から3週間後に開かれた第1回の町民大会は、
四所(ししょ)神社 の境内にむしろを敷いて開催したとか。
まさに住民参加型の計画がたてられていきました。

……「城崎、震災とまちづくり 2」へ続きます


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