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    Touko Asahina/朝比奈桐子

    Author:Touko Asahina/朝比奈桐子
    A lifelong seeker of YOGA philosophy,
    The ultimate system-builder of
    the meditation and HATHA YOGA,
    40 years experiences in teaching.
    YOGA哲学の探求者であり、
    瞑想とHATHA YOGAで構成される
    システムYOGAの開発者。
    指導歴40年。

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2010/11/12(Fri)

ちょっと斜め 2

開拓時に、札幌市の南北の基準にされたのが大友堀。
札幌市の道路が真南と真北とを結ぶ線より少し西に傾いているのは、
この堀が西に少し傾いた形で造られたから、ということのようです。

ではどうして大友堀は傾いて造られたのか というと、
やはり測量を間違えたのではないか、という説があるそう。
けれどもこの堀を作った大友亀太郎は二宮尊徳の弟子でもあり、
当時の技術水準を考えても間違えたというのは考えにくい、という反論が出されています。

このほかの説としては、地勢の問題。
豊平川 に沿った扇状地に位置する札幌は、伏流水も豊富で水の流れのよい場所。
だから自然の水の流れる方向を利用するため、
あえて堀の南北が西に少しずれる形で、用排水路である大友堀を造ったのだ、
というのが有力なのだとか。

ちなみに、札幌の都市計画は、
銀座や関東大震災後の復興計画、第二次世界大戦後の土地区画整理と並ぶ、
日本の近代都市計画の代表例のひとつ
1869年の札幌草創図によると
「平安京モデルの城下町の街割にバロックの都市デザインを重ねたタイプ」
(『都市計画の世界史』日端康雄、講談社現代新書)で、
格子状の街割に、開放型の広場や緑地、幅の広い直線型道路などがプラスされたもの。

風景
JRタワー展望室タワー・スリーエイトからの眺め

その計画は、大通公園にある石川啄木の歌碑の、
「しんとして幅広き街の 秋の夜の 玉蜀黍 の焼くるにほひよ」の短歌や、
宮沢賢治の修学旅行復命書(→宮沢賢治ノ修学旅行 )の
「途中その街路広くして規則正しきと、
余りに延長真直に過ぎて風に依って塵砂の集まる多き等を観察す」

といった描写からもうかがえます。


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