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    プン!

    Author:プン!
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    特技:キーボード早打ち(ネコパンチ風)

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2010/09/22(Wed)

宮沢賢治ノ修学旅行 3

(宮沢賢治ノ修学旅行  と  もご覧ください)

宮沢賢治の修学旅行復命書の記述は小樽駅到着から始まり、
最後は札幌から汽車に乗って苫小牧に着き、
富士旅館 に投宿するところで終わっています。

岩手から北海道までどうやって行き、戻ってきたのか? は書かれていません。

「白藤教諭は市内に講演約ありて之に赴く」と、
修学旅行復命書にも名前がでてくる白藤慈秀氏の「北海道修学旅行記」などによると、
花巻から青森 まで汽車で行き、
青森からは青函連絡船で函館へというルートだったよう。
函館では過燐酸(かりんさん)工場と五稜郭 を見学後、汽車で小樽へ向かっています。
ちなみこの間2泊が車中泊と、なかなかハードなスケジュールです。

また帰りは、苫小牧(とまこまい)で製紙工場を見学し、白老(しらおい)を経て室蘭へ。
室蘭からは室蘭~青森間の連絡船に乗って、翌朝青森着。
さらに青森から7時間以上かけて、東北本線の列車で花巻まで戻ったようです。

鉄道と船とが連絡する鉄道連絡船の北海道・本州間での運行は、
1892 年室蘭・青森間で始まりました。
これは札幌からの鉄道が、当初は室蘭までしか開通していなかったため。

小樽・函館間の開通によって札幌から函館まで線路がつながるのは1904年、
鉄道の敷設や国有化、駅の移設、連絡船会社の変遷などを経て、
鉄道連絡船として有名な青函連絡船が運行を開始するのは1908年のことでした。

宮沢賢治一行が修学旅行に訪れた1924年には、列車車両が運搬可能な船が就航
翌年には貨車の運搬も本格的に始まり、人や物の往来がますます増加していきました。

itn Open!”No.4には、
北海道最初の路線で使われた機関車庫や転車台が見学できる小樽市総合博物館
函館市青函連絡船記念館 摩周丸も掲載しています。

総合博物館本館しづか号(しづかホール)

重文手宮鉄道施設機関車庫三号・転車台

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