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    プン!

    Author:プン!
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2010/09/07(Tue)

宮沢賢治ノ修学旅行 1

itn Open!”各号で取り上げてきた東京、京都、奈良、広島に加え、
次号で取り上げる北海道。
これらの地を修学旅行で訪れた、という人も多いことでしょう。

北海道の場合、札幌や函館、小樽、
旭山動物園(“itn Open!”No.4でインタビューを掲載予定)、
冬ならスキー場 などが定番の訪問先のようです。


宮沢賢治も修学旅行で北海道を訪れたことがあり、
1924年(大正13)5月に、花巻高等農学校の生徒を引率した際には、
報告書(修学旅行復命書)も書いています。
当時、宮沢賢治は『春と修羅』刊行直後の28歳。
盛岡中学5年生(17歳)の時の修学旅行、前年の樺太旅行に続く、
3度目の北海道行きでした。

修学旅行復命書は小樽駅到着の記述から始まります。
最初に向かった小樽高等商業学校(現・小樽商科大学)では、
タイプライター練習室や取引実習室、商品標本室にあった
「殊に独乙の馬鈴薯を原料とせる三十余種の商品標本」
などを見学しています。(北海道とジャガイモ についてはこちらもどうぞ)
ちなみに小林多喜二はその少し前の3月に同校を卒業、伊藤整は3年に在学中でした。

続いて小樽公園では、小樽湾に浮かぶ駆逐艦や潜水艦の眺めとともに、
「大なる赤き蟹をゆでて販(う)るものあり。
青き新しきバナナを呼び来るあり。
身北海の港市に在るの感を深む。
生徒等バナナの価郷里の半にも至らざるを以て、土産に買はんなどと云ふ」

といった生徒たちの様子も記録しています。

花見客向けにバナナ やカニ が売られている当時の小樽は、
まさに宮沢賢治いうところの「北海の港市」
第一次世界大戦(1914~18年)をひとつの契機に、飛躍を遂げていました。

それというのも第一次世界大戦後、
ハンガリー やドイツ などヨーロッパでは、不作による穀物不足が発生。
北海道中の米や雑穀、デンプン、石炭などの輸出港だった小樽は、
ヨーロッパ向け穀物の輸出によって大きく発展しました。
第一次世界大戦後の日本の好景気で北海道の移住や開拓が進んだこととも相まって、
「北のウォール街」と呼ばれるまでになったそう。
ヨーロッパと定期航路で結ばれ、小樽の小豆相場がロンドンの市場にも影響したそうです。

当時建てられた旧日本銀行小樽支店金融資料館や
旧日本郵船株式会社小樽支店の建物なども、
itn Open!”No.4で紹介します。

日本銀行小樽支店001



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