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    Touko Asahina/朝比奈桐子

    Author:Touko Asahina/朝比奈桐子
    A lifelong seeker of YOGA philosophy,
    The ultimate system-builder of
    the meditation and HATHA YOGA,
    40 years experiences in teaching.
    YOGA哲学の探求者であり、
    瞑想とHATHA YOGAで構成される
    システムYOGAの開発者。
    指導歴40年。

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2018/08/20(Mon)

【Advanced Class TEXT-83】“インスタ映え”&“露出狂時代”――流動し、噴出する危うい自己

レストランでテーブルに料理が並ぶと、若者たちは無論、初老婦人たちがまでもが、
スマホでシャカシャカやりながら、若い娘のようにはしゃいでいる。
近年、レストランの方も心得たようで、
料理の設えもインスタ映えするように飾っている。
万事“見栄え”の問題で、味は2の次である。しかしこうして、
客がタダでPRしてくれるのだから、無下にはできないどころか、歓迎である。
これなどは微笑ましいコトだが、Facebookあたりになると、どうだろう?

だいぶ前の話だが、朝比奈の事務所のスタッフであった女性が、
自身の子供の画像をupしたことがある。一般によくあることだが、
「子供自身はまだ、肖像権の行使ができないし、犯罪を誘発する原因になり得る
情報では?」と。彼女は気付いたらしく、画像を下ろしたようだった。

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Photo by CharlesLam

近年は、契約時などさまざまな場面で、
「個人情報保護」に関する文面の確認が行われている。その一方で、
net上には、自身が発信する“危うい画像情報”があふれている。
まるで「露出狂時代」である! この底流には、何が、在るのだろうか?

周囲の状況で流動し、揺すぶられっ放しの“危うい自己”が、
行き場を失い、自己のアイデンティも失って、ただひたすら沈没を恐れ、
不特定多数の眼を求め、それに縋ろうとしているのではなかろうか?
「自己」「存在」の「証明・認証」を求める行為ではないか?
なぜ、だろう?
自己が、自身の中で流動し行き場を失って、噴出するしかないような危うい状況。
何故か? Media, Computer techの凄まじいばかりの発達、潤沢な消費生活……
意識と認識はつねに外部を捉え、数限りない情報の照合に追われている。
つねに外部環境に翻弄され、「自己」が「自身の中心に安住していない」状況だ。
他人の視線や対応などで、恐る恐る自己を同定するしかない、状況。
一方、こんな侘しい自己に不満を募らせる自己の示威行動が、
危うい自己の自己顕示の噴出! これがcomputer techに乗って、
凄まじい勢いで全地球表面へと拡散していく。
「自己」の末路はどうなるのだろう?

さあ、瞑想しよう! そして地球・宇宙にしっかりGripした
「本来の自己」をしっかりと捉えよう!


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2018/08/16(Thu)

【Advanced Class TEXT-82】実利的瞑想:脳の教育と指令―3

前回、脳クンのself-control mode、最適性追究について紹介したが、
今回は、これにうまく便乗する方法を紹介しよう。
便乗って、誰が? 何に?「意識」である。
self-control modeで流れている意識に、NCC(neuronal correlates of consciousness =
意識と相関するニューロン)をかませよう、という方法だ。Nameは仰々しいが、
ニューロン君の仕事現場にNEURONでcommitしよう、割り込もうというのだ。
このYOGAの基本技術については、
tabi tabi on tourの“心頭滅却”(→コチラ)のところで体感的に述べた。
Open! においてはadvanced TEXTらしく、scientificに迫ってみよう。

まず、放っておけば脳クンが勝手に行うself-control mode、最適性追求に任せる。
これは、無念無想を目的とする瞑想のNEXT Stepだ。
無念無想は、認識・意識の流れを止める(天台の摩訶止観など)のだが、
NEXT Stepは、(本来、流れるものを止めず)流れの速度を上げるのだ。
高速で回転するコマ(独楽)が止まって見えるように、
脳内状況は集中度が高まり、振動数が高く波が微細になり、静かになる。
つまり、NEURONの作動状況が間断なく、なめらかになる。
「なめらか」というのは、広範な領域がバランスよくコラボ発火するので、
NEURONの微細な振動波が、領域ごとに共振したり、うねりを起こす状況。
この「うねり」は、魅力的だ。そして、サーフィンと同様に、
「バランスを取りながら」、波やうねりに乗っていく。

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Photo by Bengt Nyman

バランスを取るのが、とても難しい! 多くの瞑想者が失敗するところだ。
コツのひとつが、精神性の練磨である。古今の広い領域にわたる学識を、
吟味しながら、じっくりと学習していくこと。
つまり、いまだ解明されていない「高次意識」とのコラボが必要なのだ。
このpointを甘く見て、ないがしろにすると、
ひとたまりもなく、オカルトに落ち込んでしまうのである。
いかに優れた脳が、いかに高度な技術を獲得しても、その脳をcontrolするには、
いまだ解明されていない「高次意識」とのコラボが欠かせないのである。


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2018/08/13(Mon)

【Advanced Class TEXT-81】実利的瞑想:脳の教育と指令―2

脳を教育する? 誰が? 脳が指令する? 脳に指令する?
とまあ、ややっこしい話だが、初歩的技術からStep by stepで行えばいい。

一般的に、多くの人々が、積極的に自分の「脳」を、
飼いならしているだろうか? 意外に、子供のころから学校教育や、
英才教育を掲げる学習塾の教育システムに、乗せられてきたのでは? と、推測。
正確に表現すれば、教育は文字の如く「教え育てる」ことである。
意外に、英語の「educate、educationは、能力を導き出す」という意味で、
エライ先生が能力の至らない者どもを、「教え育てる」のと、姿勢が異なる!

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Photo by woodleywonderworks

「教育」は、脳にさまざまな知識や考え方、事象の操作技術を教え込むことを意味し、
厳密に表現すれば、
脳自体が直に、考え方や事象の操作技術を“生み出す方法”を、
脳自体に、教育していくわけでは、必ずしも、ない
のだ。
これは、考えようによっては、ズルイ手法である。

鶏の卵を入手する方法に例えてみよう。
「教育」は、鶏が産み落とした卵を、カスメ取る方法を教えるのだ。
他方「education」は、たくさんいい卵を産むように
人・鶏が協力して、生産に励む途を開発する。
これは、教育者のスタイルを見るとわかるだろう。
近年はずいぶん変わった!? その昔、先生は(先に生まれたというだけで、
ベンキョーや人事統括力は??でも)、生徒の前で権力を振るうか、
生徒の人気取りをするか、いずれかであった。
しかしこれは、教師教育システム上の問題でもある?
本題に戻ろう! 今日でもまだ、日本の初等教育の場で、
考え方や事象の操作技術を“生み出す方法”を考えさせ、tryさせる時間は少ない。
時間というより、木に竹を接ぐようなやり方ではないか?

本題に戻ろう!
瞑想を行うと、上記システムで育った脳は、
瞑目し、ただただ(只管打坐)無念無想へ向かってストレスを解放しよう、と。
これは、進歩がない。もっとも、禅などは、進歩なんて否定する!?
「脳システム」という実にオリコウなシステムに丸投げすれば、
脳クンは、やりたい放題、自由勝手に最適性を目指すのだ。
なにしろ、40億年の進化のプロセスをDNAレベルで記憶しているのだから、
最適性追究はお手の物。大の得意分野なのだ!

「国民の義務教育」で行われる方式は、
国家運営に不可欠な能力を育成するには、バランス良く、なかなか充実している。
でも、かなり高度な脳力を開発していく方法としては、けして充分とはいえない?
そこで、一般人の多くが「脳力開発の最適期」を逃し、近年はずいぶん良くなったが、
やがて受験対応型教育システムに巻き込まれていく。

結論を急ごう!
脳クンの自動制御に任せると、仕事スピードはself-control mode。
情報整理に想念の流れが必要なうちは、想念が流れるが、
シゴトが終わればピタリと静止する。とりわけ無念無想にこだわるには及ばない。
つまり、脳クンを喜ばせていればOK。
だがこの方法は、小学校低学年くらいで徹底的にlessonするのがいいらしい。
かつてソ連が、世界最高峰の理数頭脳を輩出させていた時代に行った方法だ。
が、瞑想とこの方法を組み合わせると、オトナでもけして遅くはない。
ということで、瞑想のついでにボチボチ紹介してみようと思っています。

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2018/08/09(Thu)

【Advanced Class TEXT-80】実利的瞑想:脳の教育と指令―1

瞑想は、ただひたすら目を閉じて座っていること、ではない! と、
朝比奈は、たびたびこのblogでワメイテいる。
「目を閉じてひたすら座る」というような瞑想に対する概念・観念は、
今日のようにBrain science の最新知見が
どんどん更新されていない(そんな知見など皆無であった)時代のアタマが
のたまうコトドモを、後生大事に拝受・黙認している姿である!

しかし、いくらBrain scienceが発達していなかった、とはいえ、
「只管打坐=ただひたすら座れ」などという「教え」が、なぜ? 生まれたのか?
想念を止め、「無我」の境地に至れ、云々。コレは一体、何だろう? と、
正直・真面目な朝比奈は、けっこう長い間、考えてきた。そして、
40年くらいたって、この問題がついに、氷解!
何のことはない、意識構造の問題なのだ。

高度情報時代といわれる今日、businessや学術に関わる仕事をしている人々は、
日夜、「情報処理」を間断なく多量に行っている。そして、
「一般情報処理」と「感情情報処理」を、
いろいろなnodeで分離、再構成している。
この処理時点で、自動的に「客観化」が作用する。つまり、合理化が行われるのだ。

古代人のアタマは、「腹の虫」が収まらなかったり、
菅原道真など恨みをもって死んだ人々が、「怨霊」となって祟ったり? などなど、
「心理作用」に、あくまで具象的・実在的観念が大いに加勢する!
前々から紹介している「神話的思考」である。
こうした心理構造は、心理作用がベタベタと引っ付き、絡まり合い、
集合・複合・結合体をつくり出す。つまりcomplexである。日本ではどうも一般に
complexというと、inferiority complex(劣等感)が連想されるようだが、
complex 自体は、シネコン(cinema complex)で知られるように複合体・集合体だ。

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Photo by pedrosimoes7

というわけで、前情報化時代的ヒトは、「ガンを飛ばす」ことによって、
相手に引っかかりを付けたりする。それをもろに受けてしまえば、ヘナヘナとなる。
しかし、「ガン」なるものが、ある種の感情表現であることを認識すれば、
その原因と表現過程を類推し、論理的に解釈した時点で、「眼力」は消失する。
瞑想の醍醐味は、脳内の情報流動がつねにall freeになれること。?
つまり、「あのヒト、今日は、何か問題アリの眼付で私を見る」なんてコトは、
正式に? キチンと? 言葉を介して論理的に表明されない以上、
「あのヒトの心理的都合でしょう」と、サッパリしよう!

「問題あったら教えてね」と、サッパリ脳クンにお任せすると、
脳クンは、脳内のさまざまな部分で、情報のやり取りを活発に行い、
記憶情報の引き出しも含めて、多彩な組み合わせをつくり出しながら、
最適性を追究していくのである。
これは、[TEXT-64] で紹介したrandom accessの手法。
とにかく脳クンは、オモロイコト大好きなのだから、バンバンrandom access!
「こんなん、アルか!」と、ウルウルするようなツナガリを見つけてくれるのだ。
とにかく「ああだ、こうだ、グダグダ」と思いめぐらすことほど
くたびれるバカなことはない。あっさり、脳クンにおまかせ。
これぞ、瞑想の価値、実利的最大価値である!

そして次回は、コレをさらに効率よくやるための、「脳指令」について!
お楽しみに。


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2018/08/06(Mon)

【Advanced Class TEXT-79】7色の光のDynamic Show!!

瞑想歴40年の朝比奈だが、こんな光のDynamic Showは初めてである。
光の鮮烈さ、透明度、画像impactの強烈さ、そしてキレの鮮やかなdynamism。
瞑想中、しばしウットリというより、高度に洗練されたノリのいいワクワク感!
その昔、1960~70年代初頭に流行ったLSDのtrip感覚?

横尾忠則先生なんかの作品群が、このノリで盛んに創られ、
Pink Floydが「インドへ」とか、時間を超越するオススメをしていたころ、
朝比奈はHATAH YOGA & Meditation で超越し、インド&ヒマラヤ詣もやった。
超越は本物だが、ヒマラヤの方はインチキで、ネパール王室航空の遊覧飛行。
氷雪に蔽われたエヴェレストやK2などを足下に見下ろし、山腹を縫うのだが、
当時のRoyal Wingはショボイ中古品で、足下から足が凍るような冷気!
もちろん真夏であり、首都KATHMANDUの気温は45℃くらいだったから、
Gapは大だ!

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Photo by Kate Ewing 1

それはともかく………、年季が入るというのは大したもので、
主はちゃらんぽらんに続けてきた瞑想でも、脳クンの方はしっかりDATAを蓄え、
ゾンビもジンボも、NCC(neuronal correlates of consciousness =
意識と相関するNEURON)も、しっかり成長していたのだ!
ああ、なんという幸福! こんな体験は、至福なんかアッサリ通り越している……。
さあ! また、瞑想行くぞー! ブッ座って瞑目してるなんて、クダラナイぞ。


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